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人の気持ちはわかるものではない


メンタル強い人って単に人の気持ちがわからないだけだよね

というのをどこかで見かけて、びっくりしてしまいました。

人の気持ちがわからないことなんて、しごく当然では?と思ったからです。

私が単にひねくれ者で、誰かに「私の気持ちがわかるよ」なんてすり寄ってこられたら、

は?私の気持ちが本当の意味でわかるわけないでしょ。わかるのは私だけだよ

と思ってしまうからかもしれませんが。

ライフコーチなら、人の気持ちはわかるんじゃないの?

と思ったあなた。

いや、厳密にはわからないですよね。だって私はその人じゃないもの。

ただ、その人の気持ちは本当の意味で絶対にわかるわけではないけれど、その人が必ずその試練を乗り越えられる、という信頼感は100%持っています。

つまり、私はあなたの気持ちを本当の意味で理解できるわけではないけれど、あなたがその試練を乗り越えられる、ということは知っているから、そこでサポートが必要なら精一杯手を差し伸べるし、あなたが自分の足で立ち上がって歩き出すまで、見守るよ。

というのが私の立ち位置かなあ、と思います。

冒頭の文が引っかかった理由はもうひとつあって、まるでこの文章は、「繊細な人は人の気持ちがわかる」と言っているようですよね。

私はそれもありえないと思います。

繊細な人はおそらく誰かが嫌な思いをしたり、場が嫌な雰囲気になったときにそれを感じとることはあるでしょう。

でもその解釈は、嫌な思いをした本人と100%同一ではないのです。

なぜなら、感情というのは、個々のフィルター・固定観念・信念・思い込みを通して感じるものだから。

だから、やっぱり、繊細な人が誰かの感情の変化を敏感に読み取ったとしても、それは相手を理解していることとは全く違います。

もし繊細な人が「私は人の気持ちがわかる」なんて言っているとしたら、単にそれは相手や場の雰囲気の変化に敏感なためにその変化を読み取っていることで、その人の気持ちがわかったと勘違いしている、

というだけかもしれません。

たまにありませんか?

自分ではそんなに悲しい話をしたわけではないのに、それを聞いた友達の方が泣きそうになっているとか・・・

この場合、その泣きそうになっている友達は、私の気持ちがわかったのでしょうか?

全然わかってないですよね 笑

そういうことです。

あなたは人の気持ちがわからない

私は人の気持ちがわかる

そういう論争は、何も生み出さないですよね。だって、それを証明する方法なんてないんだから。

そしてそういう論争は、結局どちらも傷つけるし、いいことなんて何もない。

私が思うメンタル強い人は

  • 人の気持ちがわからないのは当たり前。
  • だから自分の気持ちを他の人が理解できなくても仕方ない。
  • でも自分だけは自分の気持ちに寄り添える

と思っている人かなあと感じます。

人の気持ちがわかる、という前提で生きていることが、作り出していく問題は結構たくさんあります。

  • 夫は自分の気持ちをわかってくれない
  • 子供は私の気持ちなんてわからない
  • 上司は、同僚は、友達は・・・・ 

際限なくこのフレーズは誰にでも使うことができます。

誰にでも使えるということは、裏を返せばそれが真実だから、と受け入れる方が私は自然だと思ってしまいます。

つまり、誰も、誰か自分以外の人のことなんて、そんなにわかるわけないんです。

下手したら、自分のことだってわかってないことありますよね。

だから、人の気持ちがわかる、ということを前提にするのをやめてみませんか?

前提は、「誰も他の人のことなんてわからない」

だからこそ、相手を敬ったり、尊重したり、きちんとコミュニケーションを取るということが必要になってくるのです。

私は、むしろこの前提を採用することで、世界はもっと優しく、お互いを尊重しあえる場所に変わるんじゃないかなあ、と思っています。

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